第2回 写真新世紀展1993 公開審査会開催報告
公開審査会 1993年11月12日(金)
東京・四ツ谷、東長寺講堂・P3、「第8回写真新世紀展」会場にて、第5回~第8回公募優秀賞受賞者12名の中から1993年度の年間グランプリを決定する公開審査会が行われました。受賞者の展示、プレゼンテーションに対して審査員、荒木経惟氏、飯沢耕太郎氏、南條史生氏による選考が行われ、大勢の入場者が見守るなか、グランプリに市川綾子さんが選ばれました。


公募の審査にあたって
第2回 写真新世紀展1993 公開審査会は第5回・第6回・第7回・第8回公募作品を対象としています。
第5回 審査総評
荒木 経惟 飯沢 耕太郎 南條 史生
南條:
いつも、何が出てくるか、どんな変わったものが見られるか期待しながら来るのだけど、今日も裏切られなかった。
飯沢:
常連の応募者の人達がどんどん成長していく様子を見るのは楽しいね。
南條:
自分が何を狙って、作品を作っているかということを自覚し、それを明確に見せようって、努力している人が増えてきたような気がする。
荒木:
本当に、女がいい。モデルも、撮っているのも、女がいいよな。もう、男はプロデューサーやるしかないね(笑)。受賞した茂木さんにしても、彼女の情感、内側の気持ちとか、皮下組織が出てる感じがする。そこですよ。構成で勝負しちゃだめ。
南條:
全体的にちょっと、まとまりが良くなり過ぎてきているのが気になるな。どこかで破綻していることも必要だと思うけど。
飯沢:
あと、写真に色をつけたり、切り刻んだり、コラージュしたりして、グラフィックな処理をしているものが目立つね。でも、これは、元になるイメージが弱ければ、逆に小手先の技巧が目について、底の浅い印象になりがちだと思うのだけれど。見た目が派手な、グラフィック的なテクニックは、諸刃の刃だから、気をつけてほしいね。
荒木:
とにかく撮るところからじゃなくて、撮った写真から始めよう、後で自分の資料にしようと思って撮っているから、すごく弱いんだよ。撮る時の力とか、Emotionをないがしろにしちゃダメだな。被写体と向き合って、ぶつかっていかなきゃ。見せる時ばっかりじゃなくて撮る時にまず手間をかけなきゃね。
飯沢:
そう、写真から逃げ出すのではなく、写真を超えていく写真を見たいよね。
第6回 審査総評
飯沢:
今回は応募数がやや少ないけど、全体としてはレベルの高い作品が多かったんじゃない。見せ方のテクニックより、写真の内容で勝負しようという気持ちが見えてきたのが嬉しいね。
南條:
昨年11月に選ばれた年間グランプリの作品の影響のせいか、全体に作品が保守化したような気がするな。確かにプレゼンテーションのレベルは上がってるんだけれど、やっぱり元気な作品がもっとたくさん欲しいね。
荒木:
もっと、勇み足でやんなくちゃね。そのための写真新世紀なんだからさ!そうは言っても、おれは保守的なの選んじゃうけどね(笑)。
南條:
ただ、元気っていっても、自分の内側にあるもの、自分というものがズバリと出てくると強くなると思うよ。その人の考えていることや、その人の固有性が、視線の中に現れてくるっていうか。
荒木:
その人の本性がガーっと出てくるのが、気をひくんだよ。これはスケベとか、変なヤツだとか、キテルぞとか。でも俺が選ぶのはストレートな気持ちが出てるやつね。俺が佳作に選んだ奴って、ヘンタイばっかだろ?俺が選んだ金城さん、本人の感じが自然と出てるだろ。いい奴だって感じが。ちゃんと、撮る方の気持ちぶつけて、モデルの子たちの気持ちも写ってる。俺最近東京日和でひなたを撮ってるでしょ。そしたらさ、写真の原点にいっちゃうんだよね。光の中に入っていくっていうか、光を見るっていうか、光に包まれるっていうか。柔らかな素直な光で相手を包むっていう気持ち、これが写真で一番大切だよ。金城さんには柔らかな光の目がある。撮られた本人が自分が愛しくなるような写真。いいよ。隣りにいる友達にミューズがいるのですよ。
飯沢:
あいかわらずアルバム形式での応募が多いね。前にも言ったけど、断片的なイメージをバラバラに寄せ集めただけでは伝わってくるものが薄い。イメージ相互のつながりの必然性を出してほしいね。
荒木:
いい若いもんが審査員の意見なんて聞いちゃだめ。だから保守的になっちゃうんだよ。とにかく勇み足でバカがいいね。
第7回 審査総評
荒木 経惟 Nobuyoshi Araki
今回は、死を感じさせるものを選んじゃったね。受賞者の市川さんのはそのものズバリだけど、他の作品の中にもトーンとか色とかにどこか彼岸を感じるものがある。エロスの中にタナトスが入っていて、その入り具合がいい。だからと言って、ドロドロ暗いわけでもなくてさ。写真を見て、撮られてる本人も喜ばないし、見るやつも暗くなるのは俺イヤなんだよ。昔、そういうのはルポルタージュとかドキュメンタリーとかって言ってたけど、そういう意味でのドキュメンタリーは撮りたくないね。
飯沢 耕太郎 Kotaro Iizawa
今回はこれまで最高といっていいくらいに作品が充実していた。どうしようにもないというレベルがほとんどなく、佳作以上はかなりの接戦だった。この調子を続けてほしい。疑問に思ったのは二つか三つの違う傾向の作品を一緒に応募してくるのが目立ったこと。トータルに自分を見せたいという気持ちは分かるが、自信のなさが現れてしまうような気がする。絶対の自信作で勝負してほしい。
南條 史生 Fumio Nanjo
いくつか新しいアイディアを盛り込んだ作品があっておもしろかった。少なくとも、最初の頃よりは、奇を衒うのでなく、コンセプトを深く考えた作品が増えている。それからみすぼらしかったり、荒っぽいプレゼンテーションも減って、非常に手際のよい装丁のアルバムや額装が増えた。自分の作った作品を愛しているならそのぐらいの神経は使って欲しい。表現方法や写真の内容がうまく合っていないと、作品としては評価できないが、今日評価されなくても、もう一度考えて再度発展させ挑戦していってほしい。
第8回 審査総評
荒木:
立体やオブジェも、写真の見せ方として、市民権を取ったね。でも、洗練され過ぎたんじゃない?前は、もっとバカがあっただろ。
飯沢:
完全に安定レベルに入ったね。佳作以下と佳作以上のレベルの差が狭くなったもんね。2年間の蓄積がはっきり現れてきた。
南條:
コンテストに出すと、人の目にさらされて、人にどう言われるかっていうことを考えながら作るようになるからね。
飯沢:
そうそう、評論もそうだなー。一回人の目にさらされるのは、大きい経験です。
南條:
さすがに小学生の工作みたいなものはなくなってきてレベルは高くなったけど、こじんまりまとまり過ぎてきたんじゃない?やっぱり平らになったのは、ちょっとつまらないなぁ。
荒木:
もう一度やんちゃ坊主に戻った方がいい。写真は、オーラっていうか、その時の衝動の感情とか、そういうのを、リアルに定着していく方がおもしろいね。今は、やっぱ非常、常にあらずだね。小津は「無」っていう墓標だろ。今は非だね。無っていうのは、あまりに虚しいだろ?無常観なんて分かりきってるじゃん。だから、俺は死の予感があるけど、無になりたくない!したくない!単なる日常じゃなくて、日常プラス何か「常に非ず」が写っていて欲しいね。
飯沢:
昨年秋に写真展をした一期生はオノデラユキさんを始め、木下伊織さん、今義典君、千葉鉄也君、谷野浩行君、野村浩君など、みんな個展やグループ展をやったり、本の表紙を飾ったり、それぞれ本当に頑張っているけれど、今度写真展をする12人も一人の写真家として勝負できるようになってほしいよね。できるだけ応援していきたいし、嬉しいことに、一回受賞した人もまた何度も応募していて、茂木綾子さんや金城民子さん、市川綾子さんにしても前の作品も含めて、トータルで評価できる。数からいくと男性の方がずっと多いんだけど、女性写真家の作品は本当にスゴイねー。
荒木:
もう、女の時代だよね。今、写真の面白さは、本人の生理とか生き様とかそういうものになってきたじゃない。そうすると、女の方が絶対面白いんだよ。感性とか、感情とか柔軟だしさ。
飯沢:
女の人生の方が豊かだもんね。あと、40代、50代の遠藤年勇さんや、土井弘介さんたちの作品もやっぱりいいね。いろんな制約やプレッシャーがあった方がいいものができるみたいね。若い人には、抵抗感がないからなぁ。
南條:
現代って、いろいろ矛盾とか問題があって、みんなその壁みたいなものを感じてはいるんだよね。でも、若い人にはそれが見えにくいから、どうしても観念的に走っちゃうね。中年になると、そこが見えてくるから、地に足がついてくる。
飯沢:
写真新世紀も応募の層が、年齢的にも、地域的にも広がってきて、より面白くなってきたよね。力作を待っています。
