生産技術
24時間365日稼動の完全無人化ライン、新機能・低コストを実現するキーコンポーネントや加工装置の内製化、ナノ領域での超精密加工・計測技術など、生産技術は製品開発と並ぶ重要な技術分野です。
トナーカートリッジ生産システム
コスト、スペース、信頼性のニーズを高い次元で満たす
生産システムの自動化は、生産スピードや品質の向上、ならびに低コストを実現するために非常に有効な手段です。キヤノンは製品の競争力を高めるという観点から、24時間365日稼動する自動化ライン※1の確立をめざしています。
トナーカートリッジ自動化生産ライン
キヤノンのレーザープリンター用トナーカートリッジの生産では、部品加工から組み立て、検査、梱包に至るまで数百もの工程を自動化した独自の「一貫生産システム」が稼動しています。例えば自動化装置の1つに、トナーを密封するための「モルトプレーン自動貼り付け装置」があります。モルトプレーンはスポンジと両面テープが一体となったシール材で、温度や湿度、張力の影響によって形状が変化するため、従来は自動化が困難とされていました。それを供給から切断加工、容器への精密貼り付け、検査までを独自の技術開発によって全自動化しました。そのほかにも、グリス溶剤のような液状物を塗布する「高精度適量塗布装置」も実用化しています。
こうした生産装置は、キヤノンで独自に開発し、装置設計を行ってつくり上げています。3D-CADや解析シミュレーション、バーチャルリアリティなど最新の設計技術を駆使して、生産装置をスピーディに具現化。現在は、「完全無人化ライン」の実現に向けた世界最先端の技術開発に挑戦しています。
一体型トナーカートリッジ
- ※1 自動化ライン
トナーカートリッジやインクカートリッジの組み立てに使われている。ラインの歩留まり率(製品の良品率)はほぼ100%を達成。低コスト、省スペース、信頼性を高い次元で実現したラインは国内の複数生産工場で稼動している。2010年には米国バージニアでも稼動を開始した。
ケミカルコンポーネント技術
機能をバランスよく発揮させる素材を独自開発
製品のもつ機能を十分発揮させるための部品や材料を「機能性部材」と呼び、キヤノンでは、複合機やレーザープリンターに使われる高画質定着部材、静電転写ベルト・中間転写ベルト、導電性機能分離型ローラー、低摩擦ブレードなどが該当します。キヤノンは、その製品が作動する各プロセスでどのような物理現象が生じているかを詳細に解析。必要とされる特性を徹底的に見極めた上で、機能をバランスよく発揮させる素材の独自開発と内製化を行っています。
具体的には、プラスチック、ゴムなどの基本的な有機系高分子材料を、化学反応、変性、ブレンドなどの手法を使って適切な素材に加工し、さらに加工プロセスを経て、コンポーネントとして完成させます。このような技術を「ケミカルコンポーネント技術」と呼んでいます。
キヤノンでは、この他にも機能性部材の加工装置の内製化にも取り組んでいます。
複合機・レーザープリンターに使われる各種ローラー類
複合機・レーザープリンターに使われる転写ベルト
加工・計測装置技術
光学素子のナノメートルオーダー精度を実現
レンズやプリズムなどの光学素子は、設計技術の進歩とともに球面から非球面へ、軸対象から自由曲面へと進化を続けています。ナノメートルオーダー※2の精度を必要とする光学素子において、曲率変化※3の大きい自由曲面の加工には独自の加工・計測装置の開発が必要となります。
キヤノンの自由曲面加工装置は、高速で運動する刃先位置を高精度に制御するため、高剛性空気軸受けや高性能制御装置などを独自開発しています。また、光学素子に触針を接触させながら全面を超高精度で測定する自由曲面測定装置では、精度基準として、特殊な箱型構造の「メトロロジボックス」や、被測定物ワークガイドを挟む上下6枚のミラーを利用したレーザー干渉計を用いて触針の運動誤差を解消する制御方法などを採用し、ナノメートルオーダーの計測を実現しています。
自由曲面加工装置(A-Former)
自由曲面測定装置(A-Ruler)
- ※2 ナノメートルオーダー
ナノメートルの単位(nm)で表されるレベルのこと。1nm(=1/100万mm)~1000nm(=1/1000mm)。 このようなナノの世界になると、ごくわずかな温度差や気圧差も精度に大きく影響する。そのため装置には精度基準を厳密に保ち、影響項目すべての誤差をキャンセルしていく機構上の工夫が随所に必要となる。 - ※3 曲率変化
曲率は線や面の曲がり具合を表す数字。 自由曲面レンズは曲がり具合が一定でなく大きく変化するため、特殊な加工技術が必要になる。
IBF(Ion Beam Figuring)加工技術
原子サイズの精度が要求される多層膜ミラーをつくる
EUV※4露光装置では、異なる数種類の材料膜を交互に積層した多層膜ミラーが必要です。この非球面ミラーの加工には、原子サイズ相当(水素の原子半径が約0.1nm※5)の世界最先端となる超精密加工精度が要求されるため、キヤノンでは形状修正加工法として「IBF(Ion Beam Figuring)加工技術」に取り組んでいます。
IBF技術はイオンビーム(IB)を利用して、表面の粗さを維持したまま形状を高精度加工できるほか、IBガンの加工径を選ぶことで、広範な空間周波数領域の形状修正を行うことも可能です。独自開発のIBF装置実験では、ミラーを0.36nmRMS※6から0.13nmRMSへと加工することに成功。これは世界最高レベルの形状精度で、IBF加工技術による高精度加工の可能性が確認されました。
IBF装置の開発は、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)からEUVA(技術研究組合極端紫外線露光システム技術開発機構)に委託された「極端紫外線露光システム開発プロジェクト」のテーマとして行われています。
ミラー材料を用いた形状修正実験結果
- ※4 EUV(Extreme Ultra Violet):極端紫外線。
- ※5 nm(ナノメートル):1nmは1mの10億分の1。
- ※6 RMS(Root Mean Square):二乗平均平方根。平均二乗偏差とも呼ばれ、数値の散らばり具合を表す。
モールド技術
高精度の非球面レンズ、DOレンズを量産化
非球面レンズ※7や、表面に光の回折現象を発生させる微細構造をもった回折光学素子※8(DOレンズ)などの製造では、レンズ生産で最も高度な金型製造技術をはじめ、キヤノンの独自技術が注ぎ込まれています。
- ※7 非球面レンズ
球面でない曲面(レンズ径の方向に連続的に曲率を変化させた面)をもつレンズ。球面レンズに比べて収差を小さくでき、カメラのレンズだけでなく眼鏡レンズにも使われる。 - ※8 回折光学素子
レンズには屈折系(光の屈折現象を利用)と回折系(光の回折現象を利用)があり、両方の組み合わせで光学特性を発揮させる。
レプリカ技術
球面レンズの表面に紫外線硬化樹脂を重ねて金型形状を転写し、硬化させます。キヤノンは微細形状をもった金型の加工技術、樹脂の性質や物性について研究を重ね、ナノメートルオーダーで微細形状を制御して転写する技術を完成させ、現在は種々のレンズ製造が可能となっています。
プラスチックモールド技術
精巧な非球面の金型にプラスチックを充填してレンズを成形。高精度で安定した成形のためにさまざまな工夫が施されています。コンパクトカメラの非球面レンズの成形などに採用されています。
大口径レンズ
(液晶プロジェクター用)
ダハプリズム
(レンズシャッターカメラ、デジタルカメラ用)
トーリックレンズ
(レーザープリンター、複合機用)
ガラスモールド技術
超精密加工を施した非球面の金型でガラスを直接プレスします。キヤノンは、ガラス材料、金型素材などの検討を重ね、温度と寸法変化についてシミュレーションを行い、高温でも狂いのない金型を実現。ガラスモールドでつくられたレンズは、屈折率などの自由度が高いことから数多く使用されています。
非球面レンズ製造用金型
高密度実装技術
機器の小型化・軽量化を実現
半導体の微細化、高速化、高機能化は、デジタル製品の小型化・軽量化を可能にしてきました。半導体は製品内部のプリント配線基板に並んでいますが、半導体が進歩すればするほど狭ピッチで高密度に実装する必要があります。こうした実装技術もキヤノンは独自開発し、製品の小型化・軽量化を実現しています。
複数の半導体を1つのパッケージに集約するのは「SiP(System in Package)技術」です。「CSP(ChipScale Package)実装技術」は、半導体パッケージの裏面に設けたエリア状の接続パッドにはんだボールを形成、加熱して基板に接合します。パッケージと基板のはんだ接合部の高信頼性を実現する「シミュレーション解析技術」や、微細はんだ付けに欠かせない「はんだ印刷技術」の研究開発も進行中です。
デジタルカメラに採用されたSiPの概念
仮想試作技術
多目的最適化解析で試作レスを推進
試作機や生産工程で発生する製品上の問題点をあらかじめ予測して解決するCAE※9は、キヤノンの研究開発、製品開発、生産技術および試作の各部門で活用されています。CAEは実機解析技術、計測技術とともに試作レスを実現するコア技術として、開発期間の短縮やコストの削減、製品の性能・機能・品質の向上に貢献しています。
仮想試作は、3Dデータで製品基本構成上の問題点を検証する3D-DMR※10技術、加工データの自動生成を行うCAM※11技術、CAE技術を主な要素技術にしています。
この中核となるCAEでは、最適化解析(CAO:Computer Aided Optimization)、多目的最適化解析、機能・性能を安定化させるロバスト最適化解析を駆使して、「試作機に置き換えるために検証を行う仮想試作」から「設計段階で改良を提案する仮想試作」へと高度化を進めています。
CAE技術の進化
キヤノンにおける仮想試作の事例としては、コンパクトカメラのズーム鏡筒の最適化解析があります。製品の設計の際には、組立性・解体性、ユーザビリティ、安全性、駆動性などを保証する必要があり、CAEでは機器全体の駆動機構解析を実施し、複数の目的を同時に最適化する「多目的最適化解析」を行っています。
コンパクトカメラのズーム鏡筒の例では、相反するズーム駆動時間と消費電流の2つの目的に対して、多目的最適化解析を行い最適解の集合であるパレート解を導き出しました。さらに、ズーム駆動時間を2/3に短縮し消費電流も減少させるという、解析者の意思による選好解を導き出しています。
ズーム鏡筒の多目的最適化解析機構モデル
- ※9 CAE(Computer Aided Engineering)
コンピューターによる設計・開発支援システム。製品の設計支援のほか、強度や安全性などの解析、機能や性能のシミュレーションなどが含まれる。 - ※10 3D-DMR(3D-DigitalMock-up Review):仮想組立の技術。
- ※11 CAM(Computer Aided Manufacturing)
コンピューターによる製造支援システム。この場合はデータを生成、製造の観点からシミュレーションする。